あんな事、こんな事、日々思う事、etc. …徒然なるままに…。


by s_soranotori
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Challenged Person

 最近、よそのサイトで「Challenged Person」という言葉を使ったのですが、いまいち理解してもらえていないかも、と思ったりもするので、こちらのサイトに、少し書いておこうと思いました。

 「Challenged Person」というのは、従来「障害者」と呼ばれていた人々のことです。
近年、「障害者」の「害」の字が持つイメージの悪さから、「障がい者」と、「がい」をひらがなにしたり、「障碍者」という字を使ったりする事が見られるようになってきました。
英語では、「Handicaped Person」と言われていたので、日本でもその言葉が用いられたりするようにもなってきました。

 近年、更に、もう少し積極的な見方、言葉が使われるようになってきて、冒頭の「Challenged Person」という言葉が使われるようになってきました。
私としてはこの言葉が非常に気に入って使わせてもらっています。
 意味としては、「(神様から)特別にチャレンジを受けた人々」というような意味です。
 もうずっと以前のことで、何という人だったか、また詳しい内容も忘れましたが、京大の教授をしていた方の新聞記事が印象的でした。それは、「『Challenged Person』(その時この表現は用いられていなかったかもしれませんが)は、一般に体が不自由だと思われているが、自分たちに与えられた体の機能をフルに生かして用いていて、むしろ、健常者と呼ばれる自分たちより、独創的な、従来のイメージにとらわれない身体の使い方をしているのではないか。むしろ、画一的な使い方しかしていない自分たちの方が不自由なのかもしれない。」といったような内容だったと記憶しています。
 その意味で私たちのほうが「Challenged Person」にチャレンジを受けているのかもしれない、と思ったりするこの頃です。
 その私でも、「ハンディキャップを持っているのに、こんなに頑張っておられる」という見方をしてしまうことが多々あります。もちろん、現実の生活の中で、不自由な面もおありでしょうが、それをごく当たり前のこととして生活しておられる方々を目の当たりにする時、もっともっと自分の認識を変えていかなくては、と思うことがあります。
 以前、千葉県にあるバリアフリーの教会に伺ったとき、私は昼食を持参していなかったのですが、、重度障害で箱型の電動車椅子に乗っておられた姉妹が、さりげなくサーっと出て行かれ、しばらくすると向かいにあったスーパーで、何人かのお弁当を買ってきてくださったことがありました。
 その教会の先生も重度障害を持っておいでですが、自分でできることは自分で、福祉制度を利用できるところはどんどん利用し、できないことは近くの人にごく普通に「お願いします」といわれるのを見て、本当にすがすがしく、自然体で生きておられる皆さんの姿にたくさんのことを教えられました。

 ところで、私もある意味では「Challenged Person」です。私の場合は、外見上は何も分かりません。内科疾患だからです。膠原病の内の「混合性結合組織病」と呼ばれる特定疾患(いわゆる難病と呼ばれるもの)です。
 日常、それほど困ることはありませんが、人より疲れやすく、できることに限界があります。とはいえ、現代人はみな疲れているようですので、自分でもこの疲れのどこからが病気のせいで、普通の人はどの程度疲れているのか?と思うこともしばしばです。しかし、友人たちの生活を垣間見るにつれ、やっぱり自分は健康な人には及ばない面が多々あるなぁ、と感じることがあります。
 牧師家庭で、子供を保育園に預けることはそう多いほうではないかもしれませんが、私は子供を1歳から保育園に預けています。平日お会いした方に子供のことを聞かれて「保育園に預けています」と言うと「え?保育園」と言われたことがあります。9時から5時まで、と言うと「そんなに長時間」と思われる方もあるようです。
でも私にとっては、必要なことなのです。
また、子供にとっても、母親の病気のせいで十分に外遊びをさせてもらえなかったりするよりは、むしろ良いのではないかと思っています。
 幸い、娘・詩音は良い保育士の先生方に恵まれて、のびのびと育ってくれています。

 ただ、人にこの病気のことを理解してもらうのは非常に難しい面があります。症状にこれといった特徴がないからです。「どんな症状なんですか?」と聞かれても私自身、なんだかよくわかっていなかったりもします。
 ただ、私の場合、「レイノー症」と言って寒いと手指など、血行不良で末端部分が紫と言うかそれを通り越してどす黒くなってしまう症状があります。
 普段病気のことを話してもなかなか理解してくださらない方も、この症状を見ると「大変ですねぇ」と言ってくださいます。
 実は、私にとっては、それ自体、それほど大変なことではありません。それによって、指先に潰瘍ができたりすると少し問題ですが、レイノーそのものは暖かいところに少しいればすぐに元に戻ります。
 しかし、私はいつもこのことを通して人は目に見えるものにいかに左右されるか、ということを教えられます。見えないものは分かりにくく、見えるものを通して評価してしまう、ということです。
 私自身も、その傾向がないわけではないので、注意しなければ、と思う毎日です。

 ただし私は、この病気を神様からの恵みだと思っていて、はっきりと病名が分かっているために、しんどい時には休みやすいし、怠け者の私は、堂々と寝ていられることに感謝していたりします(^_^;)。
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by s_soranotori | 2003-11-18 00:00 | 雑感