あんな事、こんな事、日々思う事、etc. …徒然なるままに…。


by s_soranotori
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神の真実な導き

 素晴らしい救い主、イエス・キリストの御名を心から賛美いたします。
 落語家の家に生まれた私は、高校卒業後、上京して演劇の専門学校に入りました。私は、芸能人の家庭に育ったことで、「普通」という感覚が人と少し違っていたのではないかと思います。芸能人の家に生まれ、芸事に親しんできた私としては芸能界を目指すことはごく自然なことでした。会社員の家庭に育った方には会社員になることは普通でしょうが、私には会社は何をするところかわかりませんでした。OLになるより、芸の道に進む方が普通だったのです。
 私は中学生の時に、三重苦の偉人、ヘレン・ケラーの子供時代を描いた物語「奇蹟の人」という芝居を見てから、新劇を目指すようになっていました。その芝居に感動した私は「こういう素晴らしいことを人々に伝えたい!」と思ったものでした。また、父は芸人ではありましたが大変真面目な人で、私は、目標を持って生きるということ、人道的に、道徳的に生きることを、小さい時からよく教えられていました。それで私は、芝居を通して、良いことを人に伝えたい、イデオロギーのしっかりしたお芝居をしたい、と思っていたのです。
 演劇の専門学校はとても楽しいところでした。毎日好きな芝居のことばかりを考えて、アルバイトをしたお金で芝居を見たり、ダンスや歌のレッスンに通ったりできたからです。
 しかし次第に、私は苦しさを覚えるようになってきました。時々自分の中がカラカラの空き瓶のようになっていることに気付いたのです。何かを伝えたいと思っているのに、それが何だか良くわからないのです。当時の私はヒューマニストであり、人間の愛の力といったようなものを信じていました。しかし、自分という人間が、自分で思っているほど良くはないということがさらけ出されていく中で、人を信じたいのに信じられなくなっていきました。そして自分の中に何かしら空虚なものを感じるようになっていったのです。こんな私にいったい何ができるというのでしょうか。
 そういう時に、以前行った、ある教会のことを思い出したのです。演劇学校の卒業が間近に迫っている20歳の頃でした。私はいつも電話をかける度に教会に誘って下さっていた一人の婦人に電話をしました。
 その婦人は、教会に行く電車の中で、イエス・キリストが私の醜い心を知っておられ、そういう罪深い私のために、十字架に掛かり、3日目によみがえってくださったという事実、そしてそれを信じるだけで罪が赦され永遠の命が与えられるということを教えて下さいました。そして私はその時すぐにそれを信じました。自分の心の醜さを十分実感しており、人間にはそこから抜け出す力がないことを知っていたからです。理想はあっても汚い競争社会に生きることに限界を感じていた私は、その時変えられ、平安を持つことができたのです。
 イエス様を信じた瞬間から、私の人生は変えられました。以前は、何を伝えるべきか、それは曖昧なものでした。しかし信じてからはイエス・キリストにゆだねられた福音という、伝えるべき真理を知っています。私は、有名になること、人に褒められることを捨てて、イエス・キリストをのべ伝えたい、それも舞台の上から大勢に語るのではなく、一人一人の人に伝えていこうと思いました。それから私は、自分の全てをイエス様にお任せする決心をしました。イエス様の導いてくださる通りに歩む決心、そして自分の全てを神様のものとして歩んで行く決心をしたのです。イエス様が遣わして下さるなら、国内開拓でも海外宣教でも、とどめられれば教会の奉仕者として、ただ、自分自身をささげ、従って歩んで行きたいと願いました。
 しかし、それからの歩みが、全て順風満帆であったという訳では決してありません。私があまりにも急激に教会に熱心になっていく様を見て心配した両親は、東京から郷里の西宮に私を連れ戻しました。そして私は、会社に勤めながら教会生活を送るようになりました。それはそれで楽しい毎日でした。しかし最終的な平安のなかった私は数年後、御言葉の学びのために神学校に入学しました。反対する両親を説得し、神様の導きに感謝し、喜んで意気揚揚と神学校に入学しました。しかし、4年の学びを終え、神学校を卒業してもその後の働きについて何の導きもなかったのです。私は神学校や宣教のための事務局で働いていましたがそれが自分の最終的な働きだという確信がどうしても持てませんでした。神学校を卒業して10年近くの間、自分のいるべき働き場を求め続けていました。
 そしてようやく、昨年、結婚によって世界福音伝道団に導かれ、牧会伝道の働きに携わらせて頂くようになりました。実に私が最初にイエス様に全てをおささげしてから18年近くの歳月が過ぎていました。この長い期間中、何度も「なぜ?」と思いましたが、今、これらの期間は私にとって必要な訓練の期間であったことを知り、神様に感謝しています。
 弱さも醜さもまだまだ持っているこんな私に、多くの方にイエス様の素晴らしさをお伝えするという働きが委ねられていることを、心から感謝しています。そして、信仰を持ってから18年、ここまで真実に導いて下さったイエス様に、全てをお委ねしてこれからも歩んで行きたいと思います。

「それは、偽ることのない神が、
永遠の昔から約束してくださった
永遠のいのちの望みに基づくことです。
…私は、この宣教を私たちの救い主なる神の命令によって、
ゆだねられたのです。」
テトスへの手紙1章3節

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by s_soranotori | 2001-08-01 00:00 | 信仰・証し