あんな事、こんな事、日々思う事、etc. …徒然なるままに…。


by s_soranotori
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淋しかったあの頃…

わたしが救われた(クリスチャンになった)教会にはすごく素敵な女性がいた。

綺麗で、頭も良くて、賜物(才能)があって信仰があって、男性にモテモテで、女性からも好かれていて…。
その人は結局、これまたすごく人気の高く、優秀な人と結婚した。

わたしが救われたのは東京のまあ、ちょっとはずれにあった教会だけど、垢抜けた人が多くて、素敵な女性が多かった。
わたしはすぐに郷里に戻ることになって小さな教会に行くようになったけど、救われた教会の人たちはいつまでもわたしの憧れのクリスチャンだった。
素敵な人たちが結婚して行く中で、わたしも結婚したくてしたくてしょうがなかった。

でも自分は、美人でもないし、信仰も未熟だし、人の目を引く賜物なんてないし、頭だって悪いし…。
わたしが努力してもっともっと素敵な女性になったらその時、神様は伴侶を与えてくださるのだろうと思った。

でも、いつまでたっても素敵な女性になんかなれなかった。
 ♪かもめはかもめ 孔雀や鳩や
  ましてや 女にはなれない…(「かもめはかもめ」by中島みゆき)
そんな風に愛されることを諦めたこともあった。

でもね、そのうちに、すっごい素敵だと思っていた人たちも、普通に「人」なんだ、って知るようになっていった。
それでも、それを知ったからといってわたしのことを愛してくれる人が現れたわけじゃないけれど。
淋しくて淋しくて死にたくなるような時もあった。
失恋だってしたし。
何度も実らない恋をして、もう誰も好きになることなんかできないと思ったこともあった。

そしてやっぱり美人が羨ましかったし、頭脳や才能のある人が羨ましかった。
楚々として、男性が思わず支えたくなるような人も羨ましかった。

わたしは仕事や勉強をすることでしか、自分を認めてもらえないような気がしてそれなりに頑張った。
でもそれだけを生きがいにすることもできなくて、色んな楽しみも追い求めた。

それでも自分の居場所が見つけられなくて、淋しかった。

時々、「自分はどうしてまだ生きているんだろう?」なんて考えた。
生きている意味なんかないような気がして。
自分が死んだら何人の人が泣いてくれるだろう、なんて考えた。

本当は、家族や友人たち、たくさんの人に愛されていることは知っていたけど、それでも、一人の人にとって「ただ一人の人」になりたくて、心はいつも泣いていた。

いつまでたってもわたしは素敵な女性にはなれなかった。
いつだって、今より少しはましな人間になりたいと願っていたし、わたしなりに精一杯生きていたのに。
神学校で働いて、「先生」って呼ばれたりもした。
教会で奉仕もした。
それなりに評価もされていたと思う。
でも、わたしの居場所はそこじゃなかった。

教会の牧師にまで「独身主義」だと思われていたらしい。
だって、一人でも平気な顔をしなくちゃやってられなかったんだもの。
 ♪仕事をしていて良かったわ
  愛どころじゃないふりができる(「彼女によろしく」by中島みゆき)
そう、中島みゆきの歌がお友達だった。
もちろん教会に行ったり聖書を読んだり、そして祈ったりして神様に慰められたし、賛美を通して励まされもしたけれど、心の中は中島みゆきの世界だった。

そんな風にして一人が身に染み付いた頃、突然「時」がやってきた。
突然わたしの周りで何かが動き始めた。
気がついたら結婚することになっていた。

全然ドラマチックな出会いなんかじゃなかった。
全然思い描いたような人じゃなかった。
全然好きなタイプじゃなかった。
それでも、気がついたら恋に落ちて、愛する決心をしていた。
神様に「もういいんだよ、頑張らなくて」って、言われた気がして、「ああ、この人なんだ」って素直に思えた。

わたしは今でも全然素敵な女性にはなれなくて、今でも「かもめ」のままだけど、そのままで良いって言ってくれる人がそこにいた。

どうすれば結婚できるかなんて、わからない。
だって自分がどうして結婚できたかもわからないんだから。
「祈っていれば」って多くの人が言ったけれど、祈れない時だっていっぱいあった。
聖書を読めないときもいっぱいあった。
世の楽しみに逃避していた。
もちろん、心静かに「祈っていましょう」って思えた時もあった。
でもそう思えない時も一杯あった。

それでも、神様はわたしの心の願い、いや心の叫びに耳を傾けてくださった。
結局、神様の「時」まで待たなくてはいけなかっただけのことなのかもしれない、と今は思う。

独りならそれも良い、と思った。
それも受け入れようと思った。
神様は最善を成してくださると、ただ信じていようと思った。
そう信じ切れなくて辛いこともあったけれど、今は思う。
やっぱり神様は最善を成してくださると。

それは今、わたしが結婚しているからじゃなく、今、幸せだからじゃなく、あの辛かった時も、わたしにとっての最善だったのだと、今は思える。
あの時があったから、きっと今のわたしがあるのだと。
もちろん、その頃のわたしが真っ暗闇の中にいたわけじゃなく、それなりに楽しいこと、嬉しいこともたくさんあった。
それもこれも全部含めて、今のわたしを構成している訳だ。

結婚していなかったとしても、それが神様の御心ならそこに最善があったのだろう、と思う。

こんな風に書いても「それは今結婚しているからよ」って思われるのかなぁ。

ただね、結婚していても、子供のない人は「祈ったら」と言われ、一人産んだら「二人目はいつ?」って言われる。
子供が成長したら今度は、その子がどんな学校に行くか、どんな会社に行くかで人は、他人の幸せを計るのだろうか…。
幸せなんて、何かの条件を満たすことではないのにね。
わたしの幸せを一番良く知っているのは、わたしよりもきっと神様なんだと、わたしは信じたい。
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by s_soranotori | 2006-06-24 12:00 | あの日を忘れない

人間不信教育

 礼拝後の交わりの中で、人間不信教育の話になった。
「こんな小さな子供のうちから『人間不信教育』をしているようでイヤなんです」と。
きっかけは、Shionがわたしの周りでグズグズ駄々をこねていたこと。
外で遊びたかったのだけれど、いつも一緒に遊ぶ大きいおにいちゃんやお姉ちゃんはお休み。そういう時はよくY太郎君とお父さんがShionと外に出てくださるのだけれど、今日は早く帰られた。「で、一人では外に行っちゃダメ」と言ったのですねていたのだ。
この時点で、話していた方との間には、問題は自動車など、事故ではなく、「人」であると言う共通の認識があった。
その上で、相手の方は「大丈夫なんじゃないですか」とおっしゃった。
ただShionは行動力がありすぎて、放っておくと結構離れたところまで一人で行ってしまうし、そうなると捜すのが大変なこともある。実際、「いなくなった!」と大騒ぎして、グイドと探し回った事がある。
とても親切な高校生の女の子とであって、助けてもらったこともあるし、わたしも迷子の子を助けてあげた事がある。そんな話をしていると、「ほとんどはそういう人なんですよね」と相手の方はおっしゃった。相手の方は「何かあるとすぐに『パトロール』とか言うのもどうかと思う」とおっしゃっていた。
互いに見張りあって、不審者がいるのではないかと、初めからネガティブな予想をしながら行動するのはどうか、もっと信じあうことが大切なのではないか、と。
 その時は、「そうですよねぇ」と同感して話していた。
それは確かにそうなんだけど、後でしみじみ考えると「やっぱりなあ」と思ってしまう。子供が被害に遭う事件が最近あまりにも多いこと。もちろん、ニュースに流れるような大事件は日常茶飯事ではないかもしれないけれど、この辺でも不審者情報は頻繁に伝わってくる。
保育園でも「子供だけでは外へ出ない」と教えられている(と思う)。
 それに、考えてみたら、わたし自身がこの地域で車上荒らしという被害にあっている。あの時は、同じような帽子を見かけるたびに「この人じゃないか?」なんて思ってしまったものだ。
 また、もう20年以上も前のことだし東京という都会でのことだったけれど、夜道で痴漢に襲われたこともある。痴漢に「あった」じゃない、「襲われた」。あの時相手は「レイプ」まで想定していたのかどうかはわからないけれど、とにかく、襲われた。まあわたしの声の大きさで(腹式呼吸で鍛えていたからね)難を逃れたけれど。
 日本は治安のよい国、という安全神話はもう崩れているのではないだろうか。
少なくとも、一度でも何かの被害にあうと、人はそれがトラウマとなる。

 話していた相手の方は、Shionの行動力のことをお話しすると「そういう子は何かあっても大きな声を出すから大丈夫ですよ」と言われた。でも、このあたりは工場や倉庫のような場所も多く、日中人通りが少ないうえに、幹線道路の騒音もあり、大きな声を出しても聞こえないことも多い。そう思うと、気軽に子供を一人で外には出してやれない。
まして可愛い女の子だし。(そう、なんと言っても可愛いのが心配の種!←親バカ)

 それでも、まだたった3歳や4歳の子供に「不審者にどう対応するか」保育園(幼稚園)で教えなければならないと言うのはやっぱり不健全な社会だと感じる。
Shionは車の中から「こども110番」の旗を見るといつも「あれはね、こどもひゃくとーばん、っていうんだよ」と教えてくれる。
保育園(幼稚園)でちゃんと教えてもらっているから。
 そういえば、うちの保育園(幼稚園)、だいぶ前のことだけど、外部から不審者が侵入したと想定しての避難訓練(?)みたいなのをやって、新聞の滋賀版に掲載されたりしていたっけ。
 そんなのをしなくちゃいけない時代なんて…。
なんだか哀しいことだね。
だから、昭和30年代とかがブームになるのかな?
古きよき時代の日本を懐かしんで…。
今の日本を作ってしまったのは誰でもない、自分たちなのだけれど。
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by s_soranotori | 2006-06-12 11:15 | 育児
月刊わっは 5月号「なんでやねん」 露の五郎兵衛

 平成十五年十月二十六日栗東キリスト教会で洗礼を受けました。
 噺家がクリスチャンになるというのが世に言うミスマッチの面白さですやろうか。どんな心境で洗礼を受けたか、という話をするように、と、礼拝の中で要求されることが、多くなってきました。中には他都市の教会から頼まれて出かけて行くてなこともおます。交通費ぐらいは出してくださるのですが、なかに『ボランティアでお願いします』「なんでやねん」と言いとうなります。
 私はかりにも噺家、喋るのが商売です。こっちからボランティアで行ったげますと、言うのならともかく、ボランティアで来て下さい…て、言うかア?…
 けど世の中にはこういうのがママあるんですなア。自分らが良い事してるのやから他の人も協力するのがアタリマエやと思わはるんですやろねえ。
 電器店の大将に初対面でいきなり冷蔵庫一台おくんなはれって言えまっか。普通は言えまへんでエ。ボランティア、何とおそろしい言葉ですやろか。その一言で話が片づくと思うてなはる気持ちがおそろしい。
 ま、ともあれ私としては七十四年間生きてくる間に数限りなく生命びろいということを経験させてもろうて、「これは単なるラッキーやない、誰ぞが生かしてくれてはるのや」というところから出発した信仰でおます。
 ヨハネ15章16節「あなたがたが私を選んだのではありません。私があなたがたを選び任命したのです」これや!!
 私はイエス様にスカウトされたのや。折角スカウトしてくれはったんや、これに答えなんだら申し訳ない。いつわらざる受洗の心境でおます。

露の五郎兵衛
つゆの・ごろべえ1947年二代目桂春團治に入門。桂春坊、桂小春團治を経て二代目露の五郎となり、2005年10月二世露の五郎兵衛を襲名。2000年紫綬褒章受章、大阪府知事表彰受賞。

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 上記記事は、月刊わっは5月号に掲載されたものです。本人の了承を得て転載させいただきました。

 クリスチャンを非難しているようだけど、自分もそのクリスチャンになったことをはっきり証ししている不思議な記事。

 でも、言い難いことをはっきり書いているところが気持ちよかったりする。

 父は、クリスチャンになる以前から「ボランティア」を依頼してくる人が大嫌い。
この記事は単にクリスチャンを非難しているのじゃなくて、「ボランティアを強要する人たち」への抗議文なのだ。
その辺を誤解しないで読んでいただければと思う。
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by s_soranotori | 2006-06-01 03:51 | 信仰・雑感