あんな事、こんな事、日々思う事、etc. …徒然なるままに…。


by s_soranotori
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

<   2008年 10月 ( 3 )   > この月の画像一覧

ゆるし・赦し・許し

 昨日の深夜、NHKで宮崎駿氏の特集番組をやっていました。

 ジブリ好きのグイドが見ていたので、途中から見て、途中で寝てしまったのですが、その中でとても印象に残った言葉がありました。

 正確ではないかもしれませんが、宮崎駿氏は「基本的に人を楽しませたい」ということを語っていた中で、
「楽しんでもらえれば自分の存在が許されるだろう。」
「楽しんでもらえれば自分の存在が無駄ではないと思える。」
といったことを語っておられたのです。

 幼少期の経験などが背景にあるようですが、こんなに有名な作品をたくさん作っているアニメーション監督でもこんなに淋しい心でおられるのかと思うと切なくなりました。
もちろん、いつもいつもそんな風に思っておられる訳ではないのでしょうが。

 ゆるしのない人生は空しいというか、哀しいというか、切ないというか…。

 わたしたちクリスチャンは、自分が生まれながらに罪びとであったことを認め、イエスキリストの十字架が自分の罪の贖いのためであったことを信じ、罪の赦しを得ています。
 罪の赦しを得ていることで、存在の許しをいただいているように思います。そして、

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」イザヤ書43: 4

 という御言葉を一人一人が自分のものとして受け取ることができるのです。

 欠けたところも、足りないところも多く、デコボコの多いわたしだけれど、神様に赦されているから、愛されているから、わたしはいても良い。
 そして、自分の力では大したことはできないけれど、神様が用いて下さるから、わたしはきっと役に立たない者ではない。

 そんな風に信じることができるのです。

 宮崎駿氏はものすごく、アニミズム的思考の強い人だと感じますが、どうか、キリストのゆるしを知ってほしいものだと、番組を見て強く思わされました。
[PR]
by s_soranotori | 2008-10-19 00:03 | 信仰・雑感

つぶやき

 ここは、たぶんメインの日記ブログに比べると読んで下さっている方は少ないと思うので…敢えてここに。
ただ、自分のために書くつぶやきです。

 わたしは自分で「信仰が足りないなあ」と思うことがあります。
結構色んなことをすぐに諦めてしまうのです。
あるいは、「今は時ではない」と考えてしまいます。

 この頃、周りを見回して、「羨ましいなあ」と思うことがあります。

 独身で若い伝道者の女性。
音楽もできて、英語も堪能で、バリバリ用いられています。

 あるいは、独身の友人たち。
それなりに趣味を大事にして、自分の生活をenjoyして、楽しそうにやっています。

 正直、「羨ましいなあ」と思ってしまうことはあります。

 でも、わたしもよく考えたら、かつてはそういう時代があったのだな、と思うのです。

 英語や日本語教育の学校に行くちょっとした蓄えもあって、豪華なツアー旅行は行けなかったけど、宣教師の友人を訪ねて海外にも行ったし、様々なところで神様の御用をしていました。

 今は、家庭があって、限られた範囲での活動です。
独身の時に比べたら経済的にも厳しくて、習い事のひとつもできません。

 でも今は、神様はわたしに家庭をゆだねて下さっている、と受け止めています。
夫を助け子供を育てる仕事をゆだねて下さっていると。
そして、そこには、わたしだけの幸があります。

 それでも、わたしは結婚して育児をしている割には、色んなところへ出かけている方ですし、色んなところで神様の御用もさせていただいている方だと思います。

 もっともっと…欲を出せばきりがありません。

 今は、目の前に置かれていることにベストを尽くしていこうと思います。

 自分のしたいこと、思いも、今は神様におゆだねしています。
「したい、したい」と思っていると、「できない」という状況に心が浸食されて、人を羨んだり妬んだりする心がわたしの中に芽生えてきてしまうので…。
そんな自分を嫌いになりたくない、と思っていた時、フッと、神様にゆだねることができ、心が静かになりました。

 人には諦めているように見えるかもしれませんが、わたしの中ではそうではなく、「できる時にはできる、できないときにはできない」そんな思いがあります。
今は、神様の歩ませて下さる道を一歩一歩、歩いていこうと思います。
いつか、神様が奇蹟の扉を開いて下さることを信じて…。
[PR]
by s_soranotori | 2008-10-18 02:09 | 信仰・雑感

定めの時

 俳優、緒方拳さんが亡くなられました。

 好きな俳優さんの一人でした。
本当に急で、びっくりしました。

 姉は、共演のチャンスがあったのに、タイミングが悪く、他の仕事が入っていてできなかったのを残念がっていました。


 改めて、人の命の不思議を思いました。




 うちの父は、今までに何度も死にかけて、今もお医者さまでさえ「これで生きているのが不思議」と言うほど、たくさんの病気を抱えていて、体も弱っているのに、まだ生かされています。
何とかお仕事も続けさせていただいています。

 緒方さんは、ご本人には人に知られない戦いがあったのでしょうが、それを一切見せずに、つい最近まで普通に仕事をしておられたのに突然、逝ってしまわれました。

 人の命は、わからないものですよね。

 最近、人が亡くなるたびに思います。

 人の命は神様が定められた時があるのでしょうが、残されて戸惑う者たちは、簡単にそれを受け入れられずに、追いかけて焦がれて泣き狂う…ということもあるのでしょう。

 愛する人を失われた人々の心に慰めがありますように…。



天の下では、何事にも定まった時期があり、
すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。
                 伝道者の書 3章1-2節

神のなさることは、すべて時にかなって美しい。
神はまた、人の心に永遠を与えられた。
しかし人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。
                              伝道者の書 3章11節

[PR]
by s_soranotori | 2008-10-08 01:32 | 雑感