あんな事、こんな事、日々思う事、etc. …徒然なるままに…。


by s_soranotori
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淋しかったあの頃…

わたしが救われた(クリスチャンになった)教会にはすごく素敵な女性がいた。

綺麗で、頭も良くて、賜物(才能)があって信仰があって、男性にモテモテで、女性からも好かれていて…。
その人は結局、これまたすごく人気の高く、優秀な人と結婚した。

わたしが救われたのは東京のまあ、ちょっとはずれにあった教会だけど、垢抜けた人が多くて、素敵な女性が多かった。
わたしはすぐに郷里に戻ることになって小さな教会に行くようになったけど、救われた教会の人たちはいつまでもわたしの憧れのクリスチャンだった。
素敵な人たちが結婚して行く中で、わたしも結婚したくてしたくてしょうがなかった。

でも自分は、美人でもないし、信仰も未熟だし、人の目を引く賜物なんてないし、頭だって悪いし…。
わたしが努力してもっともっと素敵な女性になったらその時、神様は伴侶を与えてくださるのだろうと思った。

でも、いつまでたっても素敵な女性になんかなれなかった。
 ♪かもめはかもめ 孔雀や鳩や
  ましてや 女にはなれない…(「かもめはかもめ」by中島みゆき)
そんな風に愛されることを諦めたこともあった。

でもね、そのうちに、すっごい素敵だと思っていた人たちも、普通に「人」なんだ、って知るようになっていった。
それでも、それを知ったからといってわたしのことを愛してくれる人が現れたわけじゃないけれど。
淋しくて淋しくて死にたくなるような時もあった。
失恋だってしたし。
何度も実らない恋をして、もう誰も好きになることなんかできないと思ったこともあった。

そしてやっぱり美人が羨ましかったし、頭脳や才能のある人が羨ましかった。
楚々として、男性が思わず支えたくなるような人も羨ましかった。

わたしは仕事や勉強をすることでしか、自分を認めてもらえないような気がしてそれなりに頑張った。
でもそれだけを生きがいにすることもできなくて、色んな楽しみも追い求めた。

それでも自分の居場所が見つけられなくて、淋しかった。

時々、「自分はどうしてまだ生きているんだろう?」なんて考えた。
生きている意味なんかないような気がして。
自分が死んだら何人の人が泣いてくれるだろう、なんて考えた。

本当は、家族や友人たち、たくさんの人に愛されていることは知っていたけど、それでも、一人の人にとって「ただ一人の人」になりたくて、心はいつも泣いていた。

いつまでたってもわたしは素敵な女性にはなれなかった。
いつだって、今より少しはましな人間になりたいと願っていたし、わたしなりに精一杯生きていたのに。
神学校で働いて、「先生」って呼ばれたりもした。
教会で奉仕もした。
それなりに評価もされていたと思う。
でも、わたしの居場所はそこじゃなかった。

教会の牧師にまで「独身主義」だと思われていたらしい。
だって、一人でも平気な顔をしなくちゃやってられなかったんだもの。
 ♪仕事をしていて良かったわ
  愛どころじゃないふりができる(「彼女によろしく」by中島みゆき)
そう、中島みゆきの歌がお友達だった。
もちろん教会に行ったり聖書を読んだり、そして祈ったりして神様に慰められたし、賛美を通して励まされもしたけれど、心の中は中島みゆきの世界だった。

そんな風にして一人が身に染み付いた頃、突然「時」がやってきた。
突然わたしの周りで何かが動き始めた。
気がついたら結婚することになっていた。

全然ドラマチックな出会いなんかじゃなかった。
全然思い描いたような人じゃなかった。
全然好きなタイプじゃなかった。
それでも、気がついたら恋に落ちて、愛する決心をしていた。
神様に「もういいんだよ、頑張らなくて」って、言われた気がして、「ああ、この人なんだ」って素直に思えた。

わたしは今でも全然素敵な女性にはなれなくて、今でも「かもめ」のままだけど、そのままで良いって言ってくれる人がそこにいた。

どうすれば結婚できるかなんて、わからない。
だって自分がどうして結婚できたかもわからないんだから。
「祈っていれば」って多くの人が言ったけれど、祈れない時だっていっぱいあった。
聖書を読めないときもいっぱいあった。
世の楽しみに逃避していた。
もちろん、心静かに「祈っていましょう」って思えた時もあった。
でもそう思えない時も一杯あった。

それでも、神様はわたしの心の願い、いや心の叫びに耳を傾けてくださった。
結局、神様の「時」まで待たなくてはいけなかっただけのことなのかもしれない、と今は思う。

独りならそれも良い、と思った。
それも受け入れようと思った。
神様は最善を成してくださると、ただ信じていようと思った。
そう信じ切れなくて辛いこともあったけれど、今は思う。
やっぱり神様は最善を成してくださると。

それは今、わたしが結婚しているからじゃなく、今、幸せだからじゃなく、あの辛かった時も、わたしにとっての最善だったのだと、今は思える。
あの時があったから、きっと今のわたしがあるのだと。
もちろん、その頃のわたしが真っ暗闇の中にいたわけじゃなく、それなりに楽しいこと、嬉しいこともたくさんあった。
それもこれも全部含めて、今のわたしを構成している訳だ。

結婚していなかったとしても、それが神様の御心ならそこに最善があったのだろう、と思う。

こんな風に書いても「それは今結婚しているからよ」って思われるのかなぁ。

ただね、結婚していても、子供のない人は「祈ったら」と言われ、一人産んだら「二人目はいつ?」って言われる。
子供が成長したら今度は、その子がどんな学校に行くか、どんな会社に行くかで人は、他人の幸せを計るのだろうか…。
幸せなんて、何かの条件を満たすことではないのにね。
わたしの幸せを一番良く知っているのは、わたしよりもきっと神様なんだと、わたしは信じたい。
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# by s_soranotori | 2006-06-24 12:00 | あの日を忘れない

人間不信教育

 礼拝後の交わりの中で、人間不信教育の話になった。
「こんな小さな子供のうちから『人間不信教育』をしているようでイヤなんです」と。
きっかけは、Shionがわたしの周りでグズグズ駄々をこねていたこと。
外で遊びたかったのだけれど、いつも一緒に遊ぶ大きいおにいちゃんやお姉ちゃんはお休み。そういう時はよくY太郎君とお父さんがShionと外に出てくださるのだけれど、今日は早く帰られた。「で、一人では外に行っちゃダメ」と言ったのですねていたのだ。
この時点で、話していた方との間には、問題は自動車など、事故ではなく、「人」であると言う共通の認識があった。
その上で、相手の方は「大丈夫なんじゃないですか」とおっしゃった。
ただShionは行動力がありすぎて、放っておくと結構離れたところまで一人で行ってしまうし、そうなると捜すのが大変なこともある。実際、「いなくなった!」と大騒ぎして、グイドと探し回った事がある。
とても親切な高校生の女の子とであって、助けてもらったこともあるし、わたしも迷子の子を助けてあげた事がある。そんな話をしていると、「ほとんどはそういう人なんですよね」と相手の方はおっしゃった。相手の方は「何かあるとすぐに『パトロール』とか言うのもどうかと思う」とおっしゃっていた。
互いに見張りあって、不審者がいるのではないかと、初めからネガティブな予想をしながら行動するのはどうか、もっと信じあうことが大切なのではないか、と。
 その時は、「そうですよねぇ」と同感して話していた。
それは確かにそうなんだけど、後でしみじみ考えると「やっぱりなあ」と思ってしまう。子供が被害に遭う事件が最近あまりにも多いこと。もちろん、ニュースに流れるような大事件は日常茶飯事ではないかもしれないけれど、この辺でも不審者情報は頻繁に伝わってくる。
保育園でも「子供だけでは外へ出ない」と教えられている(と思う)。
 それに、考えてみたら、わたし自身がこの地域で車上荒らしという被害にあっている。あの時は、同じような帽子を見かけるたびに「この人じゃないか?」なんて思ってしまったものだ。
 また、もう20年以上も前のことだし東京という都会でのことだったけれど、夜道で痴漢に襲われたこともある。痴漢に「あった」じゃない、「襲われた」。あの時相手は「レイプ」まで想定していたのかどうかはわからないけれど、とにかく、襲われた。まあわたしの声の大きさで(腹式呼吸で鍛えていたからね)難を逃れたけれど。
 日本は治安のよい国、という安全神話はもう崩れているのではないだろうか。
少なくとも、一度でも何かの被害にあうと、人はそれがトラウマとなる。

 話していた相手の方は、Shionの行動力のことをお話しすると「そういう子は何かあっても大きな声を出すから大丈夫ですよ」と言われた。でも、このあたりは工場や倉庫のような場所も多く、日中人通りが少ないうえに、幹線道路の騒音もあり、大きな声を出しても聞こえないことも多い。そう思うと、気軽に子供を一人で外には出してやれない。
まして可愛い女の子だし。(そう、なんと言っても可愛いのが心配の種!←親バカ)

 それでも、まだたった3歳や4歳の子供に「不審者にどう対応するか」保育園(幼稚園)で教えなければならないと言うのはやっぱり不健全な社会だと感じる。
Shionは車の中から「こども110番」の旗を見るといつも「あれはね、こどもひゃくとーばん、っていうんだよ」と教えてくれる。
保育園(幼稚園)でちゃんと教えてもらっているから。
 そういえば、うちの保育園(幼稚園)、だいぶ前のことだけど、外部から不審者が侵入したと想定しての避難訓練(?)みたいなのをやって、新聞の滋賀版に掲載されたりしていたっけ。
 そんなのをしなくちゃいけない時代なんて…。
なんだか哀しいことだね。
だから、昭和30年代とかがブームになるのかな?
古きよき時代の日本を懐かしんで…。
今の日本を作ってしまったのは誰でもない、自分たちなのだけれど。
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# by s_soranotori | 2006-06-12 11:15 | 育児
月刊わっは 5月号「なんでやねん」 露の五郎兵衛

 平成十五年十月二十六日栗東キリスト教会で洗礼を受けました。
 噺家がクリスチャンになるというのが世に言うミスマッチの面白さですやろうか。どんな心境で洗礼を受けたか、という話をするように、と、礼拝の中で要求されることが、多くなってきました。中には他都市の教会から頼まれて出かけて行くてなこともおます。交通費ぐらいは出してくださるのですが、なかに『ボランティアでお願いします』「なんでやねん」と言いとうなります。
 私はかりにも噺家、喋るのが商売です。こっちからボランティアで行ったげますと、言うのならともかく、ボランティアで来て下さい…て、言うかア?…
 けど世の中にはこういうのがママあるんですなア。自分らが良い事してるのやから他の人も協力するのがアタリマエやと思わはるんですやろねえ。
 電器店の大将に初対面でいきなり冷蔵庫一台おくんなはれって言えまっか。普通は言えまへんでエ。ボランティア、何とおそろしい言葉ですやろか。その一言で話が片づくと思うてなはる気持ちがおそろしい。
 ま、ともあれ私としては七十四年間生きてくる間に数限りなく生命びろいということを経験させてもろうて、「これは単なるラッキーやない、誰ぞが生かしてくれてはるのや」というところから出発した信仰でおます。
 ヨハネ15章16節「あなたがたが私を選んだのではありません。私があなたがたを選び任命したのです」これや!!
 私はイエス様にスカウトされたのや。折角スカウトしてくれはったんや、これに答えなんだら申し訳ない。いつわらざる受洗の心境でおます。

露の五郎兵衛
つゆの・ごろべえ1947年二代目桂春團治に入門。桂春坊、桂小春團治を経て二代目露の五郎となり、2005年10月二世露の五郎兵衛を襲名。2000年紫綬褒章受章、大阪府知事表彰受賞。

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 上記記事は、月刊わっは5月号に掲載されたものです。本人の了承を得て転載させいただきました。

 クリスチャンを非難しているようだけど、自分もそのクリスチャンになったことをはっきり証ししている不思議な記事。

 でも、言い難いことをはっきり書いているところが気持ちよかったりする。

 父は、クリスチャンになる以前から「ボランティア」を依頼してくる人が大嫌い。
この記事は単にクリスチャンを非難しているのじゃなくて、「ボランティアを強要する人たち」への抗議文なのだ。
その辺を誤解しないで読んでいただければと思う。
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# by s_soranotori | 2006-06-01 03:51 | 信仰・雑感

神方噺(福音落語)

 父は昨年末、新しい福音落語を自分で創作した。
この福音落語、グイドが「神方(かみがた)噺」と命名した。
実は、「ゴスペル落語」と言う名前では、未信者の落語家さんがすでに何本か創作落語を演じておられる。わたしはその中の1本のテープをいただいて聞いたけれど、落語としてのできはともかく、「ゴスペル」と名付けるのは、ちょっと…と思う内容であった。
しかし、上方落語会では超有名なその一門の方がとにもかくにも「ゴスペル落語」と言って口演しておられるのだから、それはそれで仕方がない。しかし、であればこそ、わたしが作ったものや、父が作ったものを安直に「ゴスペル落語」とは呼びたくないという気持ちもあった。
そこへ、グイドが「『神方噺』はどう?」と言ってくれて、なかなかいいアイディアではないかと思った。父にはまだ意向を聞いていないけれど、今後、第3作、4作ができるかどうかはわからないけれど、とりあえず「神方噺」いいんじゃないかな?
 わたしが作った第1作「教会根問(ねどい)」は、今後姉が引き継いでくれることになっている。孫弟子の○ちゃんもやる気まんまんだ。
そこで、姉が、昨日、台本を少し手直ししてメールで送ってくれた。
実は、わたしが突貫工事で作ったために、少々手抜きをした部分を姉が目ざとく気付いたほか、イエス・キリストを信じてはいるものの、家庭の事情で教会からは少し離れたところにいる姉から見て、未信者にもよりわかりやすくなるようにと配慮してくれた。
修正箇所はわずかなのだけど、そのわずかが結構効いているように思う。
 改めて読み返してみると「教会根問」は福音そのもの、まるで伝道メッセージのようなネタだと思う。
落語が仏教の説法から始まったと言う原点に帰ったようなものか。
正直に言うと、父が演じていたのはわたしが書いた落語の半分ぐらいだったのではないかと思う。
そのかわり父が演じると、わたしが書いた何倍も面白いし説得力もあったと思うが、作者として伝えたいことの全てが伝わらないもどかしさがあった。
もちろん、「落語」なのだから面白くなくては意味がないし、そこに父がやる値打ちがあったと思うので、それはそれで満足していた。
極端に言えば「露の五郎兵衛が福音落語を語る」と言うだけでも証し的な価値はあると私は思っていた。
でも、その父がさらに一歩進んで新ネタを作ってくれ、「教会根問」が若手に引き継がれたことには意味があると思う。
きっと、父とは一味違う「教会根問」が聞けるだろうと楽しみにしている。

 父のこんどの創作落語は人情噺。
神様の名前や説明的なことは一切出てこない。
ただ、聖書中の有名なエピソードを人情噺にしたもの。
 それは、言ってみれば三浦綾子さんの小説のようなものだと思っている(例えば「氷点」など)。
知らない人、クリスチャン以外の人が読んだら(聞いたら)、すぐに聖書の真理を語っているとは気付かないかもしれない。けれどもそこには確かに神様のこと、聖書の真理が語られている。
知らず知らずのうちに、人は聖書のお話を聞いていることになる訳だ。
 まだ完成、というのは早い感があるが、完成するのが楽しみな話だ。
そして、「神方噺」これからも大いに用いられますように。
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# by s_soranotori | 2006-01-14 21:59 | 信仰・雑感

I have a dream.

昨年のいつごろからだったろうか。
キング牧師の言葉が頭の中で響き始めた。
きっともうすぐ、大きな大きな神様のプロジェクトが実現する…。
私はそれを見ることができないかもしれないけれど、もう恐れるものはない…。
「I have a dream.」のメッセージと、キング牧師最後のメッセージが混ざって頭の中でひとつのメッセージとなっていた。
キング牧師が夢見た神の国。
すべてのユダヤ人も異邦人も、カトリックもプロテスタントも全ての神の子が真の自由を勝ち取って神の栄光を仰ぎ見る時、そんな時が来ることを信じて、わたしも一歩を踏み出そう。

そんな思いが与えられた。

わたしたちが命をつないで、神様の真理を伝え続けて、きっと、きっと、神様の素晴らしいご栄光が全てを覆う時が来る…。

そのときを、単なる夢としてではなく、信仰によって、まだ見てはいないけれど確信して、すでに見たように信じて歩いていこう。

道は遠く果てしないようでも、神の国は確かにそこにある…。

深いけれどシンプルな聖書のメッセージが心に響いてくる。

「主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう。」ルカの福音書 1:45

信じるなら、わたしもその幸いに与れる。
なんと感謝なことだろう。

今年の、わたしのキーワードは、聖句じゃないけど「I have a dream.」
神の国の実現を、夢見て、信じて、確信して、前進していこう。
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# by s_soranotori | 2006-01-13 10:43 | 信仰・雑感
 今年も我が家にはサンタクロースは来なかった。

 友人の日記にサンタクロースを信じている子供さんのことが書いてあって、ハタ、と我が家ではまだサンタさんをどう扱うか、曖昧なままになっていることを思い出した。
 Shionちゃんは、もちろんまだサンタさんを信じている。
26日、姉のところに餅つきに行った時、思い出したように「Shionちゃんのお家にまだサンタさん来てない」と言い始めた。
「サンタさん、もう保育園に来たんでしょう?」と言ってごまかそうと思ったけれど「そうじゃなくて、Shionちゃんのおうちにもサンタさんくるの。でもまだきてないでしょ?」と主張する。
「うーん、今年はShionちゃんのおうちにはサンタさんは来ないと思うよ、クリスマス終わっちゃったし」
「サンタさんは病気の子とか、そういうところに行くんだよ」とひとこと言うと、傍にいた小学1年生の姪(Shionちゃんの従姉妹)が加勢してくれた。
「あんな、この時期子供がいっぱいいるからサンタさんはすごく忙しいねん。全部まわりきられへんから、だから病気の子とか、貧乏なおうちとか、すごく大変なこどものお家にいかはんねん。だからサンタさん、Shionちゃんのおうちにはこられへんかってん」
この姪はとっても頭が良い。勉強の出来がいいという意味ではなく(別に勉強ができないという意味でもない、当然のことだけど)、人の心の機微に敏感で、感受性が豊かだ。
それでか、Shionちゃんの心を傷つけないように、一生懸命、説明してくれた。
Shionちゃんはあんまり納得していなかったけれど。
 多分、姉の家でもサンタさんはいないと、教えているのか、とにかくサンタさんが来る様子もないし、子供がサンタさんにプレゼントを頼んでいる様子もない。プレゼントは、おばあちゃんやおじいちゃんに貰ったプレゼント用のお小遣いで好きなものを買ってもらっているようだ。うちも同じなのだけど。

 わたしがクリスチャンになったときから、在籍していた教会ではずっと「サンタクロースはNO」だった。
聖書(キリスト教)的でない、という理由で排除されていた。
だから今の教会に来て、教会のクリスマスの飾り付けにサンタクロース関係の飾りがあってびっくりした。
最近は、キリスト教書店にも、サンタクロース関係のイラストや置物がたくさんある。
違和感がまったくない訳ではない。

 でも、最近少し迷いがある。
もともとクリスマス自体が異教文化から始まったものだ。
クリスマスツリーも、クリスマスリースも、ろうそくを飾ることも、全部全部異教文化からの転用だ。
ただ、そこには、少なくともキリスト教的意義付けがなされている。
 サンタクロースは、通説によるとカトリックの聖人に由来した伝説なので、まったくキリスト教的でないとは言い切れない。(いわゆる「福音的」という考えからは少し外れるかもしれないが)
でも、イエス・キリストとどう結びつけるのか?
サンタクロースを過度に強調すると、クリスマスのクリスマスたる所以が薄れてしまうのではないか?
そんな危惧がわたしの頭をよぎる。

 教会に来ている子どもでもサンタさんを信じている子はいる。
そういう子供の前でむげに、サンタクロースを否定するのもどうか、という気がする。
でも、グイドも、毎年のようにサンタクロースの由来とか、メッセージで語ったりしているから、遅かれ早かれうちの子は「サンタクロースはいない」ってことに気付くだろうしなぁ…。

 何よりもグイド(夫)とよく話し合って「我が家の方針」を決めなくては、と改めて感じた。
Shionちゃんも、来年には今よりもっと色んなことがわかってくる。
今年はなんとなくごまかして過ぎてしまったけれど、来年はそうも行かないだろう…。
クリスマスの時期になってしまってからでは忙しくてゆっくり考える時間がないから、それ以前にきちんと夫婦で話し合っておかなくては。
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# by s_soranotori | 2005-12-31 01:14 | 信仰・雑感
 あることがきっかけで、声優のFさんのサイトを見ることができた。
Fさんはわたしが高校時代、大大大ファンだった人。Fさんは声優仲間とバンドなんかも組んでいて、とっても人気があった。父にないコネを無理やり作ってもらってそのバンドのコンサートの楽屋にうかがったこともあったっけ。
劇団活動もしておられて、舞台人を目指していたわたしにとっては憧れの人だった。
 ファンレターを毎週のように出していたわたしは、演劇学校の友人を介して、東京でFさんに再会することができた。
 その後、紆余曲折あってこのFさんの当時の奥様を通してわたしは教会に導かれ、クリスチャンとなった(本当の話はもうちょっと複雑なのだけど、シンプルにするとこんな感じ)。
 そのころにはFさんもクリスチャンとなっておられて一緒に教会に行ったりしたこともあった。当時Fさんは超売れっ子だったから、そう一緒に教会に行けたわけではないけれど。それから、半年ほどしてわたしは兵庫の実家に戻り、当然Fさんたちとは別の教会に通うようになった。…そしてしばらくして、Fさんご夫妻が離婚されたことを知った。
 実は最近は、日本でもクリスチャンの離婚についてよく聞かれるようになってきて、まあそれはひとつの問題ではあるのだけど、当時クリスチャンになってまだそれほど間がないわたしにとってクリスチャンであったFさんご夫妻の離婚はとてもショックだった。
 その後、奥様のほうはクリスチャンの方と再婚されて別の教会で教会生活を送っておられることを聞き、1、2度お会いしたこともあったけれど、Fさんとはお会いする機会も、音信も途絶えてしまった。Fさんも再婚されたことは聞いていたけれど、もう教会は離れてしまわれたのだろう、と思っていた。
 そして今日、Fさんのサイトを見た。
宝物は「妻から贈られた聖書&妻」と書いてあった。
座右の銘も、聖書の言葉だったし、尊敬する人は「天の父」と書いてあった(人か?)。
愛読書の欄に「バイブル」とも。
「ああ、この人はまだ信仰を捨ててはいないんだ」と思い、とても嬉しかった。神様に感謝した。
奥様も声優さんで、やはり同じように、宝物は「夫から贈られた聖書&夫」と書いてあったし、座右の銘も、尊敬する人も同様だった。
きっと奥様もイエス様を信じておられるんだ。
 ほんとうにほんとうに神様に感謝した。
わたしは、Fさんとの出会いがなければイエス様と出会うことはなかった。それは、直接的なつながりではなくて、不思議にグルグルと遠くから手繰り寄せられたような導きだったけれど、やっぱりFさんと出合ったことは、わたしには大きなことだった。
 そのFさんが離婚されて、教会を離れられて、証しの中でもFさんの名前を言えなくなってしまった。
でも、神様は、その生活の上で、どんな事があっても、一度救われた魂を見捨てられることはない。
その親子関係は、どんな事があっても切れることはない。
 それが嬉しかった。ただ、嬉しかった。
今は教会に行っておられるのか、どんな信仰生活を送っておられるのか、わからないけれど…。
どうか、これからもFさんの上に主の祝福が豊かにありますように。
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# by s_soranotori | 2005-12-10 00:00 | 信仰・雑感

目標設定

 わたしは、子供の頃から常に「目標」を持つようにと親に言われて育った。
もちろんまだ子供だから、先になって変わるかもしれない。それでもいいから、「今の目標」を持つように、と言われた。
小学校6年の時、学年で何人かの子が私立中学を受験すると聞いた。そのとき、「自分は将来何になりたいのか。例えば医者になりたいなら大学に進まなければならない、とか、そういうことを考えて、私立に進むか公立に進むか、自分で決めなさい」と言われた。
で、どういうふうに考えたか、細かいことは忘れたけど、とにかくわたしは公立の中学に進んだ。
 それから宝塚歌劇と出会い(観るのは幼児の頃から観ていたけれど、ファンになったという意味での出会い)、宝塚歌劇を目指したけど、腰を痛めてあきらめ、新劇と出会って新劇に方向転換、女優になるなら受験戦争に巻き込まれたくないと、高校は私学に進むことに。

 そんな風に、常に目標をもって生きてきたので、いつも夢だけは持っていた。
両親はとてもよい育て方をしてくれたと思う。
その半面で、常に目標設定をして歩んできたので、一先ず目標をクリアすると、気が抜けたようになる。次の目標を見つけるまで、何をしたらよいかわからなくなって、半ば鬱状態のようになることがあった。

 今、結婚して、具体的に「○○になる」と言った目標がなくなり、時として道に迷う事がある。

幻がなければ、民はほしいままにふるまう。
しかし律法を守る者は幸いである。箴言29:18

という御言葉があるけれど、本当にヴィジョンがなければ道に迷ってしまうな、と思う事がある。
わたしは今、どんな幻を見ているのだろうか。
いや、幻(ヴィジョン)がないわけじゃない。ただ、その全体像が大きすぎて漠然としているので、ちょっと自分でもとらえどころがなくなってしまっていたりする。
まず、目の前にあること、今すべきことを自分で、はっきりとつかんでやっていかなくては、と思う。

 それはさておき、自分で子供を育てていて思うのは、やはり、自分の親が、わたしに目標意識を植え付けてくれたのはそれなりによかったのではないか、ということ。
それによって自分は常に、自分で自分の道を選択してきた(つもりだ)。もちろん、そこには神様の摂理があったのだけれど。
 もちろん、神様の御声に聞き従うことは大切なことだけど、その御心の範囲のなかで何を選択していくか、自分ではっきり選択し、責任を負っていくことのできる子供に成長して欲しい。おかあさんは助けが必要な時はいつでも手を差し出せる用意をしているから。
そんな子育てを、自分もできたらいいな、と最近思っていたりする。
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# by s_soranotori | 2005-10-03 10:20 | 信仰・雑感

母の思い

 わたしはガッカリすることが嫌いだ。
本当に、つくづく、ガッカリする事に弱いと思う。
だから、どちらかと言うと、物事を悲観的に判断する傾向がある。
まあ、クリスチャンだし、神様を信頼しているから、悲観的と言うほどではないかもしれないけど、少なくとも、何事につけ、初めから多くを期待しない。
 自分が、ガッカリする事に弱いから、ついつい、子供も同じだと思ってしまう面がある。
だから、子供に期待感を持たせることに対して、かなり慎重だ。
時々夫が不用意に「○○行こうか?」とか、できもしない思い付きを娘の前で口にすると、「やめてよ!」と言うことになる。

 先日、日記の方には書かなかった、小さなエピソードがある。
Shionちゃんが、マク○ナルドのプレイルームに、夫と遊びに行った時のことだ。
わたしはその話を翌日、夫から聞いた。
夫「昨日、実はShionちゃんちょっと可哀想だったんだ」
私「どうしたの?」
夫「プレイルームで、何人かの子供たちが隠れんぼしててね、Shionちゃんも仲間に入りたくて、隠れるんだけど、誰も名前を呼んで捜してくれなかったんだよね」
その話を聞いてわたしは、とってもとっても胸が痛んだ。
その場にいてもきっと、何もできずにおろおろしていただろうけど、見ていられなくて
「Shionちゃん、帰ろうか」と言っていただろう。
一緒に行かなくて良かった、と思った。
 もっと小さい子供なら「仲間に入れてあげてね」と親がいうことも良いだろうけど、もう自分でも言えるはずの言葉を、わたしは多分、代わりに言ってあげることはできないだろう。それ以前にわたし自身が人見知りで引っ込み思案だから、たとえ相手が子供でも、そういう言葉を口にするのは躊躇してしまうだろう。
そして、Shionちゃんと一緒に胸を痛めて帰ってくるだろう。
 でも、と、思う。
きっと子供にはそんな体験も必要なんだ。
自分から「入れて」と言わなければ仲間に入れてもらえない。
そんなことを、子供は経験を通して学んでいくのだろう。
わたしが本当にそれを学んだのは高校生になってからだった。
わたしは双子で、たいていどこへ行っても姉が一緒で淋しい思いをしたことがなかったから。
高校生になって、さすがに姉妹離れをしてやっと、そういう淋しさを体験したのだ。
 そういう意味では、兄弟のいないShionちゃんは、これからも一杯一杯淋しい思いをすることだろう。でも、きっとその中で、たくましく成長して行ってくれるのだと信じたい。

 母としては、自分の子供が、少しでも平坦な道を歩けるようにと願う。
痛い思い、辛い思いをしなくてすむものならしないですませてやりたい。
でも、それではきっと、精神的に痩せっぽっちのひ弱な子に育ってしまうのだろう。
痛い思い、辛い思いを通して、子供は成長していくのだろう。

 マク○ナルドから帰ってきたとき、実はShionちゃんは、ちょっぴり淋しそうな顔をしていた。一瞬「どうしたのかな?」と思ったけれど、「どうだった?楽しかった?」と声をかけた。Shionちゃんは最初は黙っていたけれど、「楽しくなかったの?」と聞くと、小さく首を横に振った。「楽しかった?」と重ねて聞くと小さく頷いた。
わたしはその時は何も知らなかったので「そう、よかったね!お父さんにありがとう、って言ってね!」と屈託なく言って終わった。Shionちゃんは、すぐに「なんか(TVを)見る」と言って気持ちを切り替えていた。
きっと、母親を心配させたくなかったのだろう。他の子が遊んでくれなかった、とは言えなかったのだろう。そんな健気で優しいShionちゃんが、たまらなく愛しい。
どうかどうか、神様、この子を守ってください、と祈らずにはいられない。
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# by s_soranotori | 2005-08-12 10:17 | 育児

ディズニー映画

 とにかく色んなものが好きだった。
少しずつ色々、好きだったもののことも書いていこうと思う。

 ディズニー映画が好きだった。
色んな映画を見たと思うけど、中で一番印象に残っているのは「メリー・ポピンズ」
ジュリー・アンドリュースも、ディック・バンダイクも大好き。
中学ぐらいになってから、ボロボロになった映画のパンフレットが出てきた。
LPレコードのジャケットと同じサイズだった。
 英語の歌を最初に覚えたのも「メリー・ポピンズ」の中の曲だったのじゃないかな。
家に映画のサントラ盤のLPがあって、英語なんかまだ読めない頃に、一生懸命耳で聞いて、歌っていた。
今思い出すと、なんて歌っていたんだか、本当に恥ずかしいような英語だったと思う。それでも大好きだった。
傘を持って飛べるんじゃないか、って思ったりもした。
アニメと実写の合成とか、当時はまだ画期的だったんじゃないかなあ。で、そのアニメのペンギンがタップダンスしている動きが、またすごいんだよね。
 今でも好きな映画Best5にはいるかな、という映画。

 実は「シンデレラ」はあまり好きじゃなかった。
あの顔がなんとなく・・・。ドレスもあまり好きじゃなかった。
でも家にあった紙芝居はなぜか「シンデレラ」だった。

 「白雪姫」も、実はそんなに好きなキャラではなかった。
7人の小人は好きだったけどね。
でも、大人になってから、これがディズニーの最初の長編アニメだったことを知って、改めて見直して驚いた。すごいアニメーション技術!
それと、王子様は、いきなり白雪姫のお葬式に通りがかってキスして結ばれるのだと思っていたら、実は一番最初にその出会いがあったことで、ストーリー的にも納得がいった。

 一番好きだったのは「眠れる森の美女」
ウエストラインのくびれが美しくて、ドレスも一番好きだった。
やっぱり大人になってから見たら、ものすごくアメリカンコミックっぽい絵だったけど。
姉とごっこ遊びをする時「オーロラ姫」の取り合いだったよね。

 子供の時月刊誌だったか「ディズニーランド」って雑誌を買ってもらっていたことがある。毎月ではなかったと思うけど、幼稚園か小学一年の頃…。
今思い出しても涙が出るほど懐かしい・・・。
今、自分の娘にディズニーアニメを一生懸命見せるのは、自分の思い出があるから、なのかな。
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# by s_soranotori | 2005-07-28 18:50 | ミーハー人生